男「遠距離の彼女から別れたいって言われた」
ーとあるスーパーにてー
さすがにこれだけお菓子を購入したら大丈夫だろう。帰りは久しぶりにクレープでも買って帰ろうか。
店員「いらっしゃいませ」
男「チョコバナナクレープ1つ」
店員「かしこまりました。少々お待ちください」
ふぅ、最近天気が悪くて気が滅入るな。
最もそれだけが原因でモヤモヤとしているわけではないのだが。
何気なくポケットからスマホを取り出してみる。
~新着メッセージあり~
女「男、ごめんね 距離を置いてくれてありがとう わがままをいってしまっ・・・」
全文は開いていない。
通知の文章はあくまで冒頭部分しか読むことが出来ない。
おそらく、これは長文のメッセージなのだろう。
一旦スマホから目を離して一呼吸置く。
何事も大抵は心の準備なんて関係なくやってくる。
いつも唐突に自分勝手に始められて。
・・・そして、終わる。
意を決して全文を読んでみる。
今の俺の感情はそこでクレープを焼いているおばさんには微塵も理解できないだろう。
あなたの目の前の男は今、静かに終わりを理解しようとしている。
男「・・・」
手が震える。
嫌な予感は大抵当たるもので、それは今回も例外ではないわけで。
「本当に好きだと思えた人でした。でもこれ以上私のわがままで縛ることもできないのでごめんなさい」
「ごめんなさい・・・?」
理解できないししたくもない。納得なんてできるわけがない。
本当に悪いと思うのなら、むしろ俺のわがままの1つや2つ聞いてくれてもいいんじゃないのか。
謝罪の言葉なんて聞きたくもない。
接客業ではクレーム対応はとにかく謝罪して誠意を示すよう教育する。
顧客がクレームを付ける原因は大抵店側にあり、それに対して顧客は怒っているからである。
そして、悪質でない顧客の目的は何よりも店員に怒りを伝えることだ。
だったら話は簡単だ。
言いたいことをすべて吐き出させて、それについてもうこれでもかというくらい謝罪する。
人には良心というものが備わっていて、無抵抗で非を認めている相手をいつまでも責め続けることはできないのだ。
いや、そう決めつけるのは良くないかもしれないが・・・
少なくとも俺の周りの人間はそうだった。
・・・だから?
だからなんだというのだ。
これは今回の件に関して何も関係がないじゃないか。
まず、俺は怒っていない。
いや、もし怒っていることがあるとすればそれは「なぜこんな大切な要件をメッセージだけで済ませようとしているのか」ということだ。
一般的に考えると、1つの人間関係が終わる際は直接話し合って事が進むのではないだろうか。
だが、例外はある・・・?
この世の都合の悪いことすべてが例外として扱われているようで軽いめまいに襲われる。
とりあえず俺は直接話がしたい。
しかし、通話ボタンを押してみても彼女が電話をとることはなかった。
くそっ、女はいつも電話を取らない!
どうしてこんなことになったのだろうか。
ー遡ること数週間ー
女「仕事がとても大変で、そのせいで精神的にとても辛くて」
男「責任重大なことを任されてしまったんだもの、誰でもプレッシャーは感じるよ」
女「うん。それで体調も悪くなってしまって、約束していた遊園地にも行けなくてごめんね」
男「いや、それは全然大丈夫だよ。遊園地なんていつでも行けるから、だから今は仕事に集中してください」
女「ごめんね。」
ー数日後ー
女「やっぱりしんどい。」
男「大丈夫?話したり愚痴ったりすることで人って意外と楽になったりするからなんでも俺に」
女「違うの。本当に男のこと好きなんだけど、会いたいとか話したいとか、今はその感情すら押しつぶされてしまって」
男「・・・」
女「本当にごめんね。正直今回が今までで一番きついかもしれない」
男「分かった、力になれないのが悔しいけど今は仕事以外のことで悩んでほしくないから・・・」
一旦、距離を置こうか。
ー自室ー
そう、俺たちはとある理由により距離を置いていた。
自分の中では「遠距離恋愛で距離を置くって。それもう終わってるじゃん」
と軽く考えていたのだが、いざ別れの言葉を突きつけられると冷静ではいられないものだ。
女には気づいたらずぐ電話するようメッセージを送り、ぱさぱさとしたただ生クリームが多いだけのクレープを食べる。
落ち着かない。
なぜ電話を取らない。
普通ああいったメッセージを送ると相手から電話がかかってくるということが分からないのか?
もしかして着信拒否をされている・・・?
ピロンッ
女「ごめん、まだ職場なの」
いやいや!
なんでそのタイミングで別れのメッセージ送ってきたんだよ!
つい呆れてしまいそうになるが、俺の彼女は少し変わったところがあるので今回もきっとそのせいだろう。
男「仕事は何時くらいに終わる?」
女「21時には終わると思う」
男「分かった」
現在19時半。
俺は身支度を始めた。
~~
~♪
男「もしもし」
女「もしもし、仕事が終わって、ゴホッゴホッ、今家に着いたとこだよ」
男「お疲れ、風邪ひいてるの?」
女「うん、仕事も体調もしんどくて辛い。本当は電話で伝えたかったんだけど、こんなだからメッセージになってごめんね」
男「あぁ、そういうことだったのか。いや、こっちこそ何も考えず責めてしまっててごめん」
女「ううん、私こそごめんね」
男「女の家ってどの辺りだっけ?」
女「ん?西の方だけど」
男「今高速乗っててあと1時間くらいで着くから、近くのコンビニにいて」
女「・・・今日こっちに来る予定だったの?」
男「あんなメッセージもらわなければ俺もそっちに行く予定なんてなかったよ」
女「ごめん・・・あ、コンビニよりもマクドの方が近いからそっちにしよ」
男「分かった」
それからはほとんど会話をしなかった。
ただ無言でお互い運転をしている。
仕事帰りに電話をするのが日課だったから、運転中でも話が出来るようにと渡したイヤホンマイク。
互いにそれを付けたまま、俺たちは今無言で運転している。
言いたいことはたくさんあった。
怒りの感情もあった。
しかし、
女「久しぶり」
男「久しぶり、だいぶやつれたね」
女「えへへ」
男「・・・」
あれほど会ったら絶対に言いたいことを言いまくってやると意気込んでいた俺だったが、実際に女と対面してみると何を言っていいのか全く分からなくなった。
マスクをしていてもげっそりとした表情が手に取るように分かる。
女は現状に相当参っているのだろう。
男「外じゃあれだから、車の中で話そうか」
女「うん。私の車で話す?」
男「どちらでも」
ー車内ー
男「・・・」
女「・・・」
女の手首を握り始めてどれくらいの時間が経っただろうか。
俺は、何も言えないままでいた。
聞こえる音は外の車の移動音と、無機質なラジオ放送の音声だけだった。
言いたいことはたくさんあるのに、言葉にしようとすると詰まってしまう。
「付き合っている期間、めっちゃ楽しかった」
いや、とても楽しかったの方がいいか・・・?
めっちゃ、とても。
そんなことはどうでもいいはずのに、
ただ第一声に何を発するのかということだけが頭の中を駆け巡っていた。
しかし、まさか自分がここまでに女々しいやつだとは思いもしなかったな。
自然と零れ落ちる涙。
目は口程に物を言うらしいが、まぁ確かにそうなのかもしれない。
もう隠しきれないほどの涙をぽろぽろと流しながら、俺は満を持して決められていたセリフを吐くことに成功する。
男「何にも力になれなくてごめんね」
女「ううん、男は悪くないよ。私が悪いの」
お決まりのやり取りが始まった。
男「でも、こんなに早く別れが来るとは思わなかったな。仕事が落ち着くのはもう少し先って言ってたし」
女「うん。距離を置いて待たせてるっていうのがとても申し訳なくて」
男「そっか。付き合ってた期間、すごく楽しかったよ」
女「私も」
男「思えば、人に話せばリア充って言われるようなこともいっぱいしてきたよね」
女「ふふっ。そうだね」
男「まぁ過去は美化されるとは言うけれど」
女「楽しかったよね」
やっといつものように話せるようになった。
おっとそうだった、俺は女にこうしてあげたかった。
運転席に座っている女を抱きよせて、頭をなでる。
男「女はすごくよく頑張っているよ」
女「うん」
男「人って結局は自分が一番大切だから。だから、あまり頑張りすぎないで」
女「うん」
男「心を癒す方法は自分ででもいいから頭をなでること。人にやってもらう方が更に効果的」
女「ふふっ」
男「会いに来た理由はこれだったりして」
女「もうっ」
・・・・
男「今までありがとう」
女「こちらこそありがとう。たくさん迷惑をかけました。ごめんね」
男「絶対後悔させてやるからな」
女「うん。私よりいい人を見つけて幸せになってね」
男「まぁ女よりいい人なんていくらでもいるしな」
女「ふふっ」
男「でも、他にもっといい人がいたとしても。女は一人しかいない」
女「うん・・・」
そんなベタベタでクサいセリフを吐いた後、俺は女と最後のキスを交わした。
別れ際の車を発進させる際が一番つらかったかもしれない。
帰りの高速ではただただ失恋ソングを聴いて酔いしれていた。
そして、楽しかった思い出だけが心の中を支配していた。
END
…(´;ω;`)
(´っ・ω・)っ