一人カラオケに行きたくなるお話 下
その女性は僕の方をじっと見つめたまま逃がしてはくれない。
なんだ、僕が何をしたって言うんだ。
そりゃあ人の部屋とかたまに少しちらって覗いちゃったりしたけど、そんなの、誰もがしてるんじゃないの?
それに・・・
「私も、あのアーティストが好き・・・です」
人が必死に考えている最中に何を言いだすんだこの人は。あのアーティストってそもそも何。僕が好きなアーティスト?
ということはもしかして・・・
「あ!もしかして、先ほど上手に歌われていた方ですか!?」
意図もせず、僕の口から言葉が発せられた。
「そんな!上手だなんて・・・!
実は私もずっと聞かさせていただいてたのですが、その、お上手でした。」
「!!」
・・・・
そこからはもう二人とも俯いてしまって
次の言葉を発したのがどちらが先だったかも忘れてしまった。
意味合いは違うけど、
なんというか、走馬燈みたいなものが見えた気がしないこともない。
僕「まぁ、あの、とりあえず座りましょう」
女「は、はい!すみません、急に」
・・・
(なんだこれ、なんだこれ。一体何を話せばいいんだ。)
女「あの、一番好きな曲はなんですか?」
(いきなり入ってきて隣に座って雑談だと!?最近の女の人ってすごい)
僕「僕が好きなのは、その、失恋ソングなんですけど、行く先はそれぞれに違うことを、初めから知っていた二人の歌です」
(僕も意外とスラスラ喋れるもんだな)
女「あ!先ほど歌ってらした曲ですね!
キーも高いのにすごく上手に歌われてて、
つい聴き入ってしまいました」
僕「!?」
(もしかしてこれ、ツボとか絵を高額で売りつけられてしまうパターン!?)
女「あ、いきなりこんなこと言うと引いちゃいますよね。私の周りにはこのアーティスト好きな人がいなくて、近くにその曲を歌っている人がいて、嬉しかったんです」
僕「あー、確かにちょっと僕たちの世代ではないし、もっと年上の人たちの方が詳しそうですよね」
女「そうなんですよー!
それで隣の部屋から聞き慣れたメロディが流れてきて、どんな人が歌っているのか気になって、それで・・・」
僕「つい、部屋の扉をノックしてしまったと」
女「はい・・・なんか、そのすみません」
彼女は目を伏せて恥ずかしそうにそう言った。
(何この子、かわいい)
僕「いえいえ!ちょうど一人で来てて暇だったところなので!あ、そういえばお互いまだ自己紹介をしていなかったですね。僕って言います。25歳のしがないサラリーマンです」
女「あ!そうでした!すみません、私は女って言います。歳は・・・27です。製薬会社に勤めています。
いい大人がいきなりこんな失礼なことをしてしまって、申し訳なかったです」
僕「いえ、そんな!
あ、それよりもお連れさんは大丈夫ですか?」
女「・・・ひ、一人で来てます」
(やっちまった!!)
僕「あ、あぁあ!そんな日もありますよね!
僕なんて友達も彼女もいなくて、いつも一人ですしお寿司」
(僕は何を言ってるんだ!!)
女「お寿司って・・ふふっ。実は私も親しいお友達はいなくて、だからこうして一人でカラオケに来たり、
本を読んだりしているんです。
もちろん職場での人間関係は良好なのですが、
プライベートとそれはまた別ですからね」
僕「なるほど、じゃあ僕たちは本当に似た者同士なんですね」
女「はい、だからこそこうしてお話で来ているんだと思うと、なんだか嬉しくなっちゃいますね」
おどおどしていたかと思えば、急にたくさんしゃべりだしたり、
かといって時には真面目に、
時には無邪気な女の子のように。
この短時間で彼女のいろいろな姿を見ることが出来た。
そして、それらの表情は少しずつ、
僕を魅了していったのかもしれない。
女「せっかくですし、何か歌いませんか?」
僕「えぇ!そんな、なんか、恥ずかしくないですか!?」
女「でももうお互いの歌は部屋越しとはいえ、
聴いているわけですし、その、お寿司・・・」
(あぁ、もうこの人のこと好きだ)
僕「お寿司ってw」
女「だって!僕さんがさっきそんな言い方を・・!」
僕「あはは、分かりました。では、僭越ながら僕から歌わさせていただきますね」
女「はい!お願いします!」
男「ちなみにリクエストはあったりしますか?」
女「うーん・・・あ!じゃあ、時として全てに弱気になる曲で!」
僕「OK牧場」
僕&女「www」
それからは交互に歌を歌いあって、
お互いに、それぞれの曲について語り合って、
それはもう幸せな時間を過ごすことができた。
こんな気持ちになったのは、いつ以来だろう。
楽しすぎて、それがなんだか怖くなってくる。
女「あ、もうこんな時間ですね」
僕「はい、もう朝日が眩しいですね。
楽しい時は早く過ぎると言いますが、まさかこれほどまでとは・・・」
女「私もそう思います。久しぶりにこんなに楽しい時間を過ごすことができました」
僕「お互い様ですね」
女「ふふっ、ですね」
それから程なくして、特に理由もなく、
僕たちは近くのコンビニへと立ち寄った。
お互いに暖かいコーヒーを買って、しぱしぱする目をこすりながら、穏やかな時を過ごした。
土曜の午前の青空。
外の空気を吸いながら、
僕は何気なく口ずさんだ。
「時に愛は二人を試してる」
女「びこーず、あ、あいらーびゅー?」
上目遣いで、
頬を赤らめている彼女がたまらなく愛おしく、
僕は爆発した。
END
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