男「そして俺はキリンになった」
さて、どこから話したらいいものか。
とりあえずきっかけから適当に。
中学1年の理科の授業、あの50分で俺のすべてが決まった。
授業内容は確か、
主に血液についてで、動脈が、ヘモグロビンが、静脈が・・・とかそんな感じだった。
先生は言った。
キリンは首が長いですが、なぜ貧血にならず頭まで血が巡るでしょうか。
それはキリンの静脈には逆流を防ぐ弁が付いているからです。
しかし、弁が付いているだけでは血液が上手く循環しません。
全身に血液を送る役割を果たす心臓と、その血液が必要な脳までの距離は約2メートルほどあるからです。
その距離(高さ)分血液を送るためには、並大抵ならぬ血を押し出す圧力が必要です。
そしてキリンにはその力があります。
そのため、キリンは動物の中で最も高血圧なのです。
なるほど。
人間や他の動物と首の長さが違うと、内部構造はこうも大きく変わってくるのか。
考えたこともなかったな。
しかし、こんなことを知っていて俺たち生徒に教える立場にある先生もすごいと思う。
人に何かを教える教師。
すごく、すごくいいと思う。
俺も教師になれるのかな、なりたいな。
初めて将来について考えたのがこの時だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
帰宅後、どうやったら教師になれるかをネットで調べてみた。
公務員試験、教員免許、教育実習。
教師になるためにはそんなにも段階を踏まないといけないものなのか。
なるほど。
これはたぶん俺には無理だ。
俺の今の学力では到底教師になることは叶わない。
よしんば教師になれたとしても、そのために今後勉強漬けの人生になるなんてのは勘弁だ。
すぐに諦めるのはよくないと言うが、自分の力量を測り別の道を探すのもまた正道。
いや、そう言い訳をして楽な道に逃げたかっただけなのかもしれない。
俺はそもそもなぜ教師になりたいと思ったのか。
それは、理科の先生が教えてくれたキリンの話に惹かれたからではないだろうか。
つまり俺が本当になりたかったのは教師ではなく、キリンだったのだ。
キリン、キリンか。
その道は険しいかもしれないが、教師よりは幾分か優しい道のりとなるだろう。
キリンになるために俺がしたことといえば、まずは首を長くすることだ。
とはいえど、いきなり首を伸ばすなんてことは至極困難だった。
だったら、だったら首よりも先に身長を伸ばしておくべきではないかと考えた。
翌日から俺はバスケットボール部に入部した。
バスケット選手は基本的に背が高い。
つまり、バスケットをしているとおのずと身長が伸びていき、最終的には首も長くなるという結論に至ったのだ。
しかし、これだけでは足りない。
思えば、バレーボール選手も背が高かった。
俺は、バスケットボール部とバレーボール部を掛け持ちした。
他の部員たちはそれぞれのスポーツに情熱を注いでいたみたいだが、俺が見据えていたのは将来の自分のキリン像だけだった。
バスケもバレーも、所詮は将来自分がキリンになるための材料に過ぎなかったのだ。
それに比べて他の生徒は目先のことしか考えていない。
やれレギュラーだのやれ優勝だの。
そう思うと滑稽に見えてしょうがなかった。
しかし、部活を継続するにあたってモチベーションを保つことは重要だ。
毎日のように付き合っていくべきことなのだから尚更だ。
モチベーションを保つために「スラムダンク」や「ハイキュー」等の書物を読んだりもしてみたが、特に俺の心に響くものはなかった。
そんなものよりも動物図鑑に載っているキリンを眺めている方が何倍も活力になる。
「先生。キリンに、なりたいです」
それからの俺はとにかく頑張った。
頭では分かっていてもどうしてもトラベリングをやってしまっていたあの頃が懐かしい。
ダンクを決めるたび、スパイクを決めるたびに少しずつ自分の首が伸びていくあの感覚が癖になる。
もちろん高校に上がってからもバスケとバレーを続けた。
受験時の記憶はほとんどないが、テストにキリンが出なかったことは覚えている。
そして、激しいロードワーク、夏の合宿、強豪校との練習試合等を経て、俺はより強く、更に長く首を伸ばすことに成功した。
しかし、このままではきっとだめだ。
まだ何かが足りない。
そう思った俺は思い切って、
バスケのダンクは首で、バレーにおいては手を使用することの一切を禁じ、すべての動作を首で行うことにした。
ダンクした後のゴールに首をひっかけてぶら下がっているあの時間が、相手のスパイクを首で受け止めた時のあの衝撃が今でも忘れられない。
幾度となく決めた首ダンク、首のねん挫で一時は出場すら危なかった県総体、今となってはそれらすべてが懐かしく思う。
俺は頑張った。
人生で一番頑張った時期は?と聞かれると俺は必ず高校時代と答えるだろう。
過酷な部活動を耐え抜き、首を伸ばすための厳しい食事制限を乗り越え、
そして。
そ し て 俺 は キ リ ン に な っ た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
キリンになってからの俺は凄まじかった。
サバンナでは俺のことを知らないやつは誰一人としていなかっただろう。
動物界では動物園永住がエリート中のエリートとされていたが、俺にとってはそんなことはどうでもよかった。
キリンは野生だ。
野生と言えばサバンナだ。
俺はバイトで溜めたお金を使って、
パスポートとビザを取得した。
市役所の入口に首が引っ掛かって手こずったのはいい思い出だ。
そして飛行機に乗って俺はサバンナへとたどり着いた。
現地でのルール、勝手が分からず最初は戸惑ったが
結局は弱肉強食ということで落ち着いた。
力こそが全てなのだ。
郷に入っては郷に従え、とはよく言ったものだが
サバンナのルールは「郷に入っては俺に従え」へと変わっていった。
シマウマもハイエナもチーターもライオンも、すべてが俺にひれ伏す。
どいつもこいつも弱すぎる。
俺はサバンナの王になったのだ。
しかし、頂点に立ってすべてを手に入れたはずなのに
なぜか、どこか満たされることのない心に悶々とする日々が続いた。
何かが違う、これじゃない。
まだ何か、俺の心を満たしてくれるものがあるはずだ。
そんな風に思考していると、風の噂でこんなことを聞いた。
なんでも「神に近い、雷を司るキリンがいる」らしい。
これか。
俺が求めていたのはこのキリンになることだったのか。
ふふ、面白い。
今度は王ではなく神になってやろうではないか。
完
この記事へのコメントはありません。